えっと、入選してました。
お風呂の中で「充電して下さい」と出た携帯電話より、たまたま最後の力を振り絞って?ネットサーフしたら、デイリーポータルZの「デイリー道場」に「のれそれ」の記事が入選していた事が判明。
ビックリ!
慌ててお風呂と夕飯とを済ませ、Macの前に座ってかなり興奮気味です。
とっても嬉しいです。
ワンピースまで頑張ります♪
最近、めっきり更新もしておりませんでしたが、時々見に来て下さっているナナアクヤの熱烈ファンのみなさま、お待たせしました!
なにやらブラジル、アメリカ、韓国、オーストラリアなどなど海外からのアクセスまでありまして、なんだか申し訳ない位です。
日本国内からのアクセスも、本当に言葉のあやではなく、北は札幌から南は那覇まで、全国津々浦々からのアクセスが。
ありがとうございます。
近日中に、魚シリーズの(イワシ以外に、そもそもそんなシリーズがあったのか?あ、トビウオもあったか!)作品を3点ほどアップする予定です。
既に、作品として完成しているものは2点。
あともう1点は、6月中旬頃までに完成予定。
昨日完成した作品は、その完成度に嬉しくなり過ぎて
私の作品を喜んでくれる数少ない貴重な人に見せたくてたまらなくなり、駅から職場に向かうその人の15分間に合わせて披露しに行ったほど。(そのあと、折角なのでダイソーにくだらな作品の材料を更に買い出しに…)
と、そんな訳でもうしばらくしたらどどんと作品アップしますので
しばしお待ちを。
2011年3月11日14時46分に発生した日本の三陸沖にて発生した最大震度7の甚大な被害がまだまだ続く東日本大震災。
そしてその翌日、豪雪地帯として知られる長野県北端にある栄村では、3/12明け方の3時45分に震度6強の、別の大地震。
ぺちゃくちゃないとではハイチの時のように、グローバルぺちゃくちゃないとを開催決定。
そのことについての英語サイトをナナアクヤが勝手に翻訳したので、もし良かったらご覧下さい。
ぺちゃくちゃ長野としては、栄村のことも含めた内容でこの企画に参加します。
その事に関する詳細はぺちゃくちゃないと長野のページなどからご確認ください。
ミクシィに入会したのは2004年12月。
ソーシャルネットワークサービス(SNS)としては3つ目くらいだったと思う。
現在、その中で毎日確認しているのはミクシィとFacebookくらいだろうか。 (今でもその他にいくつも入ってはいるがほとんど使ってはいない) そして私はSNSを「ソーシャルネットワークサービス」の名前の通り 結構有効に使えていると思う。
2/12長野市のトイーゴにて「長野市民平和の日のつどい」が開催される。 その中で、マイミクでもある写真家の村田信一さんの写真展示のお手伝いをすることになった。
どんな内容をお手伝い「した」、とか「している」と言うのは今回の内容からは少し逸れるので割愛することにして、まずは村田さんとのSNSでの出会いから。
(ちなみに展示は2/12長野市トイーゴ15時頃〜 ほかにイベントは17時〜19時まで開催されています。お近くの方はぜひ。私も会場にいます。)
私がミクシィに入会した頃は、まだメンバーもここまで多くなく 自分の探したい人に出会える確率も高かった。
私のプロフィールにあった「アフリカ」のキーワードから、村田さんが私を見つけてくれてそこからマイミクになった。
そして、村田さんとは同郷でもあった。
そこから現在に至るまで、実際にお会いしたりネット上で交流を続け 先日は松本市の浅間温泉にある「玉の湯」のギャラリーでの展示に関しても色々お手伝いした。
それ以前にも、松本市周辺で村田さんの写真展を開催出来ないかと 何度もあちこちの施設や方々と連絡を取ったり、お会いしたりして来た。
仕事でもないのに、なぜ私はこんなに村田さんのお手伝いを(勝手に)しているのだろう?と考えた時に、彼が「本物」だからだと、昨夜色々を考えている中改めて気づいた。
先日、村田さんの記事が毎日新聞に掲載された。 そのタイトルは「戦場カメラマンをやめた」だった。
そう、村田さんの写真は今話題の「戦場カメラマン」だった。 思わず目を背けたくなるような戦場の悲劇の数々。
そんな写真を撮っていたそうだ。
だがある日、彼は疑問を持ち始めた。
そして今も、「戦場」へは行くが「戦場」の衝撃的で悲劇的なものを撮るのではなく、「戦場」と呼ばれる場所にもある「日常」にカメラを向けるようになった。
人々は暮らし、生きており、そこには喜びもあり、輝きもあるのだ。 そしてだからこそ感じられるリアルな悲しみも。
彼とマイミクになったあと、図書館へ彼の写真集を探しに行った。 「戦争という日常 世界の紛争地帯を往く」と言う本と 「バグダッドブルー」があった。
彼と初めて会ったとき、色々な話をした。 主にアフリカの話だった。
アフリカがメディアで語られるとき、いつも取り上げられるのは 「かわいそうなアフリカ」「貧困のアフリカ」「野生の動物のいるアフリカ」などの、ごくごく一部のステレオタイプなものばかりだ。
本当のアフリカはそんな言葉だけで括れるものではなく、もっともっと色んな側面のアフリカがある。
人の生きる力の力強さと美しさ
そんな話をして盛り上がった。
彼が戦場カメラマンを「やめた」のも、アフリカの話と同じなのだと思う。
戦場と呼ばれている場所にあるのは悲劇だけではない。
そこには、なんてことはない小さく輝く日常もあるのだ。
それは私たちが送っている日常と何ら変わりなく。
彼らは私たちなのだ。
別に特別な人たちなのではない。
それを感じられたとき、戦争や紛争と言うものの悲しみを 少しだけ自分に近いものとして感じられるのではないだろうか。
どこか遠い遠い国の、自分とは全く関係のない世界の話、としてではなく。
でも、そんな理屈や言葉なんか実はどうでも良い。
彼の写真を見てもらえば良い。
その美しい空の色と風と人々の輝きを。
そしてそのすぐ向こう側にある悲しみを。
2/12は私が信じている「本物」の写真を、ぜひ見に来てほしい。